癇癪
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癇癪の使いみち

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 わたしは子どもの頃から少しだけ・・時々癇癪を起す事がありました。
タンタンの癇癪はわたしの遺伝だと元夫からは良く非難されたことも、
今では懐かしい思い出(ウソっ)です。

普段はとても物静かで一人で過ごすことが苦ではなくむしろ楽しかった
ように思います。小学校の頃はおとなしく優しげで儚げな雰囲気で
あったため当然、いじめっ子の恰好の的になっていました。

悪ガキ達の定番のイジメ言葉としては「カボソイから風が吹いても
アレ〜と飛ばされるぜ!」「弱弱しいからちょっとブツカッタだけで、
あれえーって言って倒れちゃうんだぜ!」「給食が食べられないから
ひ弱ですぐにあれ〜っって気絶しちゃうんだぜ!」

とにかくキーワードは「弱弱しい、か細い、アレー!と言って倒れる」この
フレーズが必ず入っていたのです。担任の教師からも時々同じように
カラカワレタこともあります。ああ、思い出しました!

担任の先生はあたしのことを「ほねかわすじこチャン!」と言ったのだわっ!
今だったら大問題でしょうけれど。当時のあたしは、ほぼ意に解さなかった
ようです。随分後になってから「って、てめ!こんにゃろだ。」と思ったのです。

今となってはとても微笑ましく、懐かしく(またか?)思い出されます。
ですが当時はけっこうにふつうにあったことです。だからと言ってわたしは
いじめられてもそれほど悩んだりはしなかったのかも知れません。
べつにどおってことはありませんからね。

でも一度だけぶち切れて、その時は苛めた男の子を追いかけ、
彼のカバンを天井に放り投げてカバンを踏んづけて!教科書や筆箱、
その他の中身を全部ばら撒いてやって記憶があります。

なぜか、それからその彼に懐かれてしまい困った思い出があるのですが。
それからわたしは密かにあだ名が付きました。シーラカンス!
なぜだろ?わからん。

今わたしがタンタンのことでいろいろと学校関係でそのような事があれば
ただじゃあ済みません!タンタンの小学校時代には連日のように
教育委員会に通ったものです。おかげで非常に煙たがられて
恐がられてしまいました。

特に校長には恐れられました。何と言っても一番エライ?のは教育委員会です。
校長だって教育委員会から嫌われたくありません。何よりも恐ろしいと思います。
ですからタンタンのことでよく校長室にお邪魔をしては演説をぶって、
時には癇癪をバクハツさせて、ついでにストレスも発散させて少し
気分も晴れ晴れと帰宅しました。

いつも校長はわたしが訪問すると自らコーヒーを入れてくれ、ついでに
お菓子まで出してくれました。もと夫はそんなわたしを非難して
フォローに必死のようでしたが、わたしは思うのです。

わたしみたいな恐いもの知らずな癇癪もちの母がいるからこそ、
教育委員会も少しは心根を入れ替えて障害児への対応も少しずつ改善して
いくのだ、と思います。わたしは自分で言うのも変ではありますが、
理不尽な事をされた事に対してしか癇癪を起しませんもの。

わたしの癇癪の有効利用はこんな時です。わたしの癇癪はタンタンの
代弁なのです。この三、四日は連日、障害福祉課とヘルパー派遣事業所
でアバレてきました。わたしがこのように暴れたのは8年ぶりです。

はぁ・・・もうちょっとアバレとくかな。、まだ足りないし!外見とのギャップで
あちらはかなりビビルのよね。儚げにみえるあたしがまさか暴れるとは
思わないもの。いつも思うのです。あたしみたなヤツ、絶対に敵に
回したくないな・・・ってね。怒ると容赦がないから・・・。なはは。

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